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島根大学 山口清次 教授

ひとりでも多くの子どもを障害から守りたい

ひとりでも多くの子どもを障害から守りたい01

生まれつき代謝がうまく行えない先天代謝異常症。
種類は多く、一つ一つは珍しい病気だが放置すると発達遅滞や場合によっては死にいたることもある。
ひとりでも多くの子どもを、この病から救おうと尽力する小児科医の姿を追った。

先回りすれば救える

 「生まれつき遺伝子に異常があっても、食事に気をつけたり、適切な治療を続けたりしていれば、一生発症しないですむ病気は多いのです。僕は、ひとりでも多くの子供を救いたい。そう思ったから小児科医を選んだんです」
と、島根大学医学部の小児科医、山口清次教授は言葉に力を込める。
山口教授は、日本マス・スクリーニング学会の理事長を務めている。マス・スクリーニングとは、すべての赤ちゃんを対象に血液検査を実施して、病気の因子を持っているかどうかを調べるもの。山口教授は、その第一人者で、特に新生児を対象とする「新生児マス・スクリーニング」の普及拡大に力を注いできた。対象となる病気は、生まれつき体内で代謝の流れが障害される代謝異常症で、日本では、1977年からマス・スクリーニングが実施されている。現在では新生児のほぼ100%が、生後5日頃に、6種類の病気を対象として検査を受けている。
先天代謝異常症には、突然死や急性脳症、発達遅滞を伴うものが少なくない。食物中に含まれる必須アミノ酸、フェニルアラニンを分解する酵素を持たない体質の人が発症する病気「フェニルケトン尿症」もそのひとつだ。フェニルアラニンは体にとって必要だが、この体質の人は血中濃度が一定レベル以上になり、神経細胞が障害される。けいれんを起こし、最終的には脳にダメージを与えてしまう。症状が出る前にフェニルアラニンの含有量を抑えた食事療法をすれば、ほとんどの場合症状が出なくてすむ。しかし、放置すると、生後半年以内に発症してしまう。
「知らずに放置しておくとやがて障害が発生するような生まれつきの病気を、生まれて間もない期間の対応ひとつで防げるなら、ひとりでも多く防いであげたい」(山口教授)

質量分析が検査を変える

質量分析が検査を変える

新生児マス・スクリーニングでは、ガスリー法という検査方法が長く採用されてきた。採取した血液をしみ込ま せたろ紙を使う方法で、1960年代に開発され、検査費用も安いため、世界的に普及している。
一方、近年、質量分析装置を用いた検査法に注目が集まっている。質量分析計を2台直列につないだタンデム型質量分析計を用いるもので、「タンデムマス法」と呼ばれている。
1検体あたりの分析時間はわずか1~2分で、分析ピークがはっきりと記録紙上に現れる。1台のタンデムマスで、年間6万人を検査でき、しかもガスリー法では検査できなかった20種類以上の病気にも一度に検査できる。
「加えて、精度も格段に向上し、擬陽性のリスクがガスリー法に比べて一桁少なくなります。異常を疑われたお子さんの結果を待つご家族の精神的ストレスを考えると、より正確な情報を提供できることは非常に重要です」(山口教授)
山口教授はもともと、遺伝的な病気がなぜ起こり、なぜ障害を発生させるのか、そのメカニズムを研究していた。質量分析の有用性を熟知していた山口教授は、まだ日本で質量分析計を使った研究がされていない1980年代初頭から、ガスクロマトグラフ質量分析計(GCMS)を使い、有機酸代謝異状症の日本人患者を多く発見し、病態を明らかにするなどの実績を残してきた。2004年、それらの実績から、タンデムマス法によるマス・スクリーニングの導入を検討する厚生労働省の研究班の班長となった。
現在では、国内だけでなく世界各国からも山口教授を頼って大学を訪れる研究者が後を絶たない。
「欧米先進諸国では90年代からすでにタンデムマス法が導入されているのに、日本ではまだパイロットスタディの段階。研究班が組まれてから急速に普及しつつあるものの、昨年生まれた107万人の赤ちゃんのうち、27万人しか受けていません。もっとスピードアップさせる必要があります」(山口教授)

検査体制確立の浮沈握る装置の信頼性

「そのためにも、信頼性の高い分析装置の開発は欠かせません。検査に有用な島津製作所の高速液体クロマトグラフ質量分析計LCMS-8030とガスクロマトグラフ質量分析計GCMS-QP2010 Ultraは、感度も精度も良く、アフターサービスが優れています。なによりも、必須の二種類の装置が国内の同じメーカー製という安心感や信頼性があってこそ、この取り組みは成功へ近づくのです。島津にはさらに優れたハードウェアの開発を進めてもらい、私たちのニーズに応するアプリケーションと組み合わせれば、より充実したマス・スクリーニング体制が構築されると思います」(山口教授)
そのうえで、タンデムマス法を使った新生児マススクリーニングの対象疾患は、「異常の見逃しがない」「予防ができる」「治療法がある」の3つだと山口教授は強調する。
「これらの装置で、より多くの異常を正確に発見できるようになりましたが、残念ながら、すべてに治療法や予防法が見つかっているわけではないため、ご本人やご家族に無用なストレスを与えないことも配慮していかなければなりません。この検査体制の確立には、精度の高いタンデムマス法を使った検査に加え、正確な情報提供、予後の把握、治療法の開発など様々な全国レベルのネットワークを強化することが重要です」(山口教授)
教授は検査体制の確立だけにとどまらず、小児科医として予防医学のさらなる可能性も見据えている。
「先天的な免疫不全症の子供たちを救う方法などにも興味を持っています。0歳児は、たくさん予防接種を受けますが、免疫不全の子供に注射したら、重篤な症状に発展する恐れもあります。免疫不全で生まれる子供は4~5万人にひとりといわれていますが、このような病気もスクリーニングで見つけられたら、不幸な事故は防げるはずです」(山口教授)

検査体制確立の浮沈握る装置の信頼性01
検査体制確立の浮沈握る装置の信頼性02

(上)LCMS-8030(下)GCMS-QP2010 Ultra
まずタンデムマスで多くの異常を正確にスクリーニングし、擬陽性のあるものをGCMS で詳細に検査する。どちらの装置も重要な役割を担っており、この組み合わせがあってはじめて新生児マススクリーニングは成り立つ。

山口清次(やまぐち せいじ)

島根大学医学部教授(小児科学)

山口清次(やまぐち せいじ)

1975年、岐阜大学医学部卒業。岐阜市民病院、東京都立豊島病院、岐阜大学医学部附属病院などに勤務。82年、GCMSを用いた有機 酸代謝異常症の診断に関する研究を開始。86年には、世界で初めて脂肪酸代謝異常症の1つ、βケトチオラーゼ欠損症の原因をつきと める。93年、島根医科大学教授に就任。2003年、大学統合により島根大学医学部教授に。日本マス・スクリーニング学会理事長。