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近畿大学 本津茂樹 教授

好奇心を刺激する実践教育が発想力を養う

ユニークな研究成果を続々と生み出している近畿大学生物理工学部。充実した装置群と興味深い教育方針が、学生のやる気を促している。

ユニークな研究成果が続出

近畿大学生物理工学部は、びっくり箱のようだ。
ホウレン草の遺伝子を豚に組み込んだヘルシーな肉質の「ホウレン草豚」を作ったかと思えば、髪の毛よりも細い人工毛細血管を作り、再生医療実用化への道筋をつける。シミ、くすみを消す美肌レーザー装置を開発している研究室もあれば、ロボット工学を駆使して、リハビリ運動を支援する医療ロボットを作っている研究室もある。極めつけは、クローン技術でマンモスを復活させようとするプロジェクト。凍土より発見された組織の遺伝子の損傷が激しく、一時「凍結」されているが、虎視眈々と再生の機会を窺っている。
一見それぞれに見えるユニークなプロジェクトの数々をつなぐキーワードは、「生命・生物に学ぶ」こと。生物が数十億年という年月をかけて獲得した機能とメカニズムを研究し、そこから得られた知見を先端技術に応用しようというものだ。

『これからの工学は、生物、生体に学ぶ工学でなくてはならない』という近畿大学の実学教育の理念のもとに、生物理工学部が和歌山県紀の川市(旧那賀郡打田町)に設置されたのは、1993年。
「いまでこそ生命科学を看板に掲げる学部は多いが、当時はほとんどなかった」
と、本津茂樹学部長が語るように、バイオテクノロジーを中核に据えた研究教育拠点としてはパイオニア的存在だ。
同学部に設置されている学科は、生物工学科、遺伝子工学科、食品安全工学科、システム生命科学科、人間工学科、医用工学科の6つ。生命とは何か、生物とは何かを問う基礎的な研究をベースに、食の安全と安定供給、高齢化社会における医療と福祉、人間の機能や感性を考慮した住みよい環境づくりなどをクローズアップし、幅広い知識と専門分野での高い技術力を合わせ持つスペシャリストを養成している。
2002年、文部科学省が推進する「21世紀COEプログラム」に選定。卓越した教育・研究機関として研究費の補助を受けたことで、学費の免除や減免が図られ、研究環境の整備も積極的に進められている。

食の安全研究所で稼働するNexera

新設された10号館と先進医工学センター。同センターは文部科学省「平成20年度私立大学戦略的研究基盤形成支援事業」の産学連携研究拠点であり、医学と工学の学際領域における産学連携による先進的な研究が行われる。設備の導入は、島津製作所と島津理化が担当。装置のレイアウトから電源にいたるまで、綿密なコンサルティングのもと研究を強力に支援する設備群を整備した

「なぜなぜ」を大切にする

同学部を特徴づけているのが、徹底した実践教育だ。「未来志向の実学教育」を建学の精神に掲げる近畿大学は、これまでもクロマグロの完全養殖(1970年~:水産研究所)や原子力の研究(1960年~: 原子力研究所)など、食糧問題やエネルギー問題の解決に向けて精力的に取り組んできた。生物理工学部でも、その理念は踏襲されている。
「知識は、知識として蓄積するだけでなく、社会に役立つものとしなければなりません。そのためには、まずは幅広い見識を身につけて、応用できる力をつけることが大切です」(本津学部長)
バイオテクノロジーは、生物学はもちろんのこと、工学や理学、農学、医学の境界領域にある。生物理工学部は設立にあたって、それぞれの領域から教授を招聘した。いまも学生は、学科の枠を超えて、各自興味ある科目や研究に有用な科目を学び、視野を拡げている。
1年次の夏期休暇には、所属学科にかかわらず、「ロボット工学」と「バイオテクノロジー」の宿泊実習を受けることができる。早い段階でDNAを細胞から取り出す操作を体験したり、ロボットが動く仕組みを学ぶなど、多角的な視点で科学の基礎を体験することで、4年間の学びに大きく差が生まれるという。
「『なぜなぜなぜ教育』と私は呼んでいます。いままで見たことのない世界を見れば、なんでこうなっているんだろう、なぜこうなるんだろうという好奇心がわき、調べてみようという気持ちが生まれます。講義を聞いているだけでは決して味わうことのできないこの感覚こそ、力の源泉だと確信しています」(本津学部長)

食の安全研究所で稼働するNexera

装置・設備は十分な数が用意され、学生は思う存分、使用して研究への興味をかき立てられる

一瞬の喜びに情熱を傾けて

同学部の充実した設備も、学生の着実な成長を支えている。発生遺伝子工学研究室には顕微授精や核移植を行うための装置が6セット。臨床工学技士の国家試験受験資格が得られる医用工学科の実習室には、病院の集中治療室をそっくり持ってきたかのような設備がそろう。最新の血液透析装置25台が所狭しと並ぶ血液浄化実習室の眺めは壮観というほかない。少人数教育との組み合わせで、学生は1年次から、思う存分機器を触り、スキルを高めていく。
「座学だけではだめ。実験や実習で“好き”を育てることで将来、社会に貢献できる人間になれる」
と本津学部長は力説する。
「もちろん、最初はどの学生も失敗だらけです。でも、苦労を乗り越えた先に『できた』『見えた』という喜びの瞬間がある。これを体験し、感じられる人材でないといけない。その喜びを教えることこそ、理系の大学に与えられた使命じゃないでしょうか」(本津学部長)
自身も機能材料・デバイス工学の第一線の研究者であり、生体と親和性の高いインプラントや、再生医療用デバイスの開発・研究に携わる本津学部長。歯や骨の主成分であるアパタイト粉末の極めて薄い膜をチタンインプラントの上に成膜させる技術を開発し、固着強度の高さ、生体親和性の高さから実用化への期待も高まっている。
本津学部長が就任し、挨拶する学生が増えたという。生物理工学部の学生たちは、果敢に新領域に挑戦し結果を示しつつも、教育に情熱を注ぐ学部長のその背中にこそ、理系の醍醐味を見ているに違いない。

一瞬の喜びに情熱を傾けて
一瞬の喜びに情熱を傾けて

ずらりと透析機が並ぶ実習室。学生は時間が許す限り装置に触れることにより、スキルを高めていく

profile

近畿大学生物理工学部 学部長 教授 工学博士

本津 茂樹 (ほんつ しげき)

1976年近畿大学理工学部卒業、81年近畿大学大学院を修了。工学博士取得。同大理工学部勤務。93年より生物理工学部教授。2006年、学部長に就任。専門は機能材料薄膜の創製とその電子・医療デバイスへの応用。文部科学省の「平成20年度私立大学戦略的研究基盤形成支援事業」の「産学連携によるナノスケール生体機能膜の創製とそのバイオデバイスへの応用」の研究代表者

近畿大学
http://www.kindai.ac.jp/