ノーベル賞と質量分析 10の質問

2002年12月10日、当研究所の田中耕一所長(当時:分析機器事業部 主任)がノーベル賞をいただきました。それ以来、「どういう発明でノーベル賞をもらったの?」「質量分析って一体なんですか?」などなど、いろいろなご質問をいただきます。このページではよくいただく10の質問をご紹介します。

1. ノーベル賞とはどんな賞ですか?

スウェーデン人のアルフレッド・B・ノーベル (1833年~1896年)はダイナマイトなどいろいろなものを発明しました。そして世界各地に火薬工場を作り、巨万の富を築きました。また実業家としても油田の開発で大成功しました。ところがその後、ダイナマイトが戦争の道具として多くの人の命を奪うようになったため、大変心を痛めました。そこでノーベルは遺言の中で、「基金を設立し、その利子を毎年、その前年に人類のためにもっとも貢献をした人に賞として与えるものとする」と書きました。これを基にノーベル財団が設立され、5つの分野(物理学、化学、医学/生理学、文学、平和)に分けてノーベル賞が作られました(1901年)。その後(1969年)経済学賞が加わって、現在は6つの賞があります。

田中耕一 ノーベル賞受賞写真

2. 田中さんは何の賞を受賞しましたか?それは、誰がどのようにして決定しますか?

ノーベル化学賞です。スウェーデン王立科学アカデミーの選考委員会が、化学の分野で人類の役に立っている技術を探し、初めにその技術の発見/改善に貢献した人を毎年選出します。人類の役に立っているかどうかは歴史の評価が必要なため、発明から受賞決定まで時間がかかります(15-20年)。また選ばれるのは「一番初めに」発見/発明した人であって、その分野での権威者であるかどうかは考慮されません。

3.田中さんの受賞理由は?

2002年のノーベル化学賞は、タンパク質などの生体高分子を調べる技術に焦点が当てられました。田中の受賞理由は質量分析のための「ソフトレーザー脱離イオン化法」を開発したことです。田中を含む当社の5人の研究チームが、1985年2月、それまで不可能とされていた、「タンパク質を壊さないでイオン化すること」に世界で初めて成功しました。それにより質量分析でタンパク質を研究する道を開いたのです。その後、多くの研究者の努力によりその技術が発展して、今では病気の診断や薬の開発になくてはならない技術となりました。

4.質量分析とは何ですか?

すべての物には重さがあります。分子の重さは、その種類や性質を調べる上で非常に重要です。しかし、あるタンパク質(生体高分子)1個の重さは、1グラムの1千億分の1のまた1億分の1くらいしかありません。このように非常に軽い分子レベルの重さ(質量)を量るのが質量分析です。体重計のようなハカリとは全く違った、いろいろな工夫(技術)が必要になってきます。

5.タンパク質とはどういうものですか?

人間は約60兆個の細胞からできています。細胞は主にタンパク質からできており、タンパク質は人間の体重の約15%を占めています(70%は水分)。タンパク質は脳、神経、臓器をかたち作ったり、それらが働いたりするときに重要な役割を果たしています。人間の中には約10万種類のタンパク質があり、それぞれが固有の質量を持っています。タンパク質の1個1個は、多く(数十以上)のアミノ酸と呼ばれる物質がつながってできています。タンパク質をつくるアミノ酸の種類は、全部で20種類あります。(図参照)

図1

6.なぜ質量分析でタンパク質がわかるのですか?

いろいろな方法を用いて多くのタンパク質の構造や1個の質量がわかってきており、その対応表がコンピュータのデータとして蓄えられています。質量分析によって比較的短時間で分子の質量を調べることができ、対応表から瞬時にそれがどのタンパク質かがわかります。それを応用して、タンパク質の構造やわずかな違いも調べられるようになってきました。このように、タンパク質を調べるためには質量分析が大変よく用いられています。

7.病気の診断とタンパク質の分析はどのような関係がありますか?

タンパク質の構造のわずかな違いが病気を引き起こすことがあります。そのため、からだの中のタンパク質を調べることによりかなりの病気の診断ができます。近年では、質量分析で細胞や血液の中のタンパク質を調べることにより、「がん」の早期発見もできるようになってきました。

8.質量分析装置の原理は?

イオンを質量ごとに分ける方法には複数の種類がありますが、ここでは、飛行時間型という方法を説明します。まず、分子を壊さないでイオン化し、電気の力で引き出します(0Vのグリッドに引き寄せられます)。そのとき、重いイオンは遅いスピードで、軽いイオンは速いスピードで引き出されます。その後、イオンはそのスピードを保って真空の管(質量分離部)の中を一直線に通り抜け、管の端にある検出器に到達します。その到達する時間を測って質量を計算で求めます(図参照)。 質量分析装置は、別名マスとかMS(エムエス)とも呼びます。

図2

9.イオン化とは何ですか?

通常状態の分子に電子が余分に付いたものを負イオン、電子が足りないものを正イオンと言い、分子をイオン状態にすることをイオン化と言います。イオンには電気の力で引きつけられたり、反発したりする性質があり、その性質を利用して質量を量ります。イオン化法には色々な方法が考案されていますが、田中所長らが開発したイオン化法(ソフトレーザー脱離イオン化法)は、マトリックスと言われる補助剤と試料を混ぜレーザーを当てる方法です。(図参照)

図3

10.マトリックスとは何ですか?

固体や液体などの物質には、高温にすればするほど壊れるよりも気化の方が促進されるという性質があります。光のエネルギーを吸収しやすい物質(小さなツブ)と試料分子を混ぜてレーザー光を当てると、小さなツブが試料分子よりも先にエネルギーを吸収し、試料分子が壊れないでイオン化するのを助けます。このように、試料分子のイオン化を助ける補助剤(ショック吸収材、クッション材のようなもの)をマトリックスと言います。田中らのグループは、コバルトとグリセリンを混ぜたものをマトリックスとして使用しました。

お断り

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